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絵画ブログ

絵画好き、旅行好き会社員。美術館訪問を通じて感じたことを適当に書きます。

カラヴァッジョ展@国立西洋美術館

こんにちは。

 

先日、若冲展のあとに、国立西洋美術館へ行きました。ついに、ずっと楽しみにしていたカラヴァッジョ展を訪問したのです。

 

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若冲が混みすぎて、カラヴァッジョに流れてきた人も何人かいたみたいで、

そんな気持ちでカラヴァッジョを見るなんてやめてくれとか思いながら、ついに入館。

 

土曜だし、それなりに混んでいたものの、若冲に比べたらガラガラと思えるほど。

やっぱり絵画は落ち着いて見るのが一番ですね。

 

カラヴァッジョの絵には圧倒的なパワーがありました。その雰囲気を生み出しているのには、彼の徹底したリアリズムがありますが、実はほとんど下書きをしないことでも有名です。

 

これが、彼が死んだあとに描かれた肖像画

 

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ほんとに画家かというくらい、眼光が鋭いです。。。なんと、お札にもなっています。

 

カラヴァッジョという名前は、彼が育った村、カラヴァッジョ村から拝借し、18世紀の終わりにローマで活動、頭角を現しました。

 

幼いころにペストが流行り、若いころに身近な人が次々と他界、死と貧困が隣り合わせだったカラヴァッジョの育った環境は、やはり彼の作品に影響を与えているように思えます。

 

ローマで活動を始めた当初は、デルモンテ枢機卿パトロンとしてカラヴァッジョの活動を支えていました。

しかし、生来の荒々しい気性からなのか、生活は次第に乱れていきます。多くの暴力沙汰を引き起こすようになった彼は、ついには人を殺めることになってしまいます。

-カラヴァッジョを見つけたものは誰でも、彼を殺すことを許可する

そう死刑宣告を受けた彼は逃亡生活を送るようになります。

 

そして、カラヴァッジョ村で大きな力を所持していたコロンナ家の屋敷に逃げ込み、逃亡資金として、有名な絵画を描きあげます。

 

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『エマオの晩餐』です。逃亡中に描かれたというだけあって、かなり素早い筆致で描かれているのが特徴。息を飲むようなリアリティですよね。。。

 

そして、今回の展覧会の一番の目玉は、エマオの晩餐と同時期に描かれたものの、400年間見つからずにいた作品です。

 

その前に、今回気にいった作品もいくつか紹介していきます。

 

★★★★★★

 

『女占い師』<1597年>

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カラヴァッジョは、近代写実主義の先駆者と言われています。その所以は、この絵のように当時のローマでは珍しいありのままの人々の何気ない生活、風俗を描いたから。

この絵は、ロマの女が占いをするフリをしてお金持ちの男から指輪を盗もうとしている場面です。

この手の風俗画は、カラヴァッジョがベルギーやオランダから影響を受けた産物だそう。

また、背景を描くと絵の中心がぶれるからと無駄を省いたこのような構図は、ローマでカラヴァッジョが流行らせたものだそうです。

 

『トカゲに噛まれる少年』<1596-97年頃>

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これは、「痛み」という知覚の反応を絵画に表したものです。少年の右手の中指がトカゲに噛まれています。驚いた時の少年の顔が、一瞬の時を捉えたかのように描かれています。

こうした人間の一瞬の感情を描くのはバロック様式の特徴。ルネサンスのような静謐で優美な表現よりも、生の人間らしい表現に注目が集まっていたようです。

 

『メドゥーサ』<1597-98年頃>

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ギリシャ神話に登場するゴルゴン三姉妹のひとり、メドゥーサです。もともとは美しい女性だったのですが、

髪の毛をヘビに変えられ、その目を見たものは石になってしまうという化け物に変わってしまいました。

そんなメドゥーサは、女神アテナの盾を持った英雄ペルセウスに退治され、生首は盾に張りつけられアテナに献上されました。

 

この絵は、実際に盾に描かれていて、神話の盾がまさに目の前に現れたかのような、そんな幻想を抱かせてくれるすばらしい作品になっています。

 

メドゥーサの顔にもすごみがあり、ほんとに石にされてしまいそう。どこに立っていても睨まれているようです。

 

ナルキッソス』<1599年頃>

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これもギリシャ神話から。美の女神の怒りをかい、自分しか愛せなくなってしまう呪いをかけられたナルキッソスという美少年です。

水面に映る自分の姿に恋をし、やがて憔悴しきって死んでしまいます。

以前紹介したウォーターハウスの作品ではナルキッソスにないがしろにされたエコーも描かれていましたが、今回はナルキッソスだけ。

女占い師と同じように、ナルキッソスの悲哀にだけ焦点があてられていて、よりドラマチックな印象を受けます。

さらにその効果を高めているのが、光の効果。スポットライトのような強烈に差し込む光が、演劇や舞台を見ているかのような印象を与えています。

キアロスクーロ(明暗対比)という技法らしく、カラヴァッジョはロンバルディアで学び、ローマで昇華させたとのこと。

かのレンブラントもこの技法に影響を受けているそう。

 

『法悦のマグダラのマリア

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これが、コロンナ家でエマオの晩餐と同時期に描かれ、後、400年間行方不明だったと言われてる作品。世界初公開ということで話題となっています。

モチーフは娼婦でありながらキリストと出会って改悛したマグダラのマリアという女性。

他の画家が改悛した女性の悔やんだ表情を美しく、色っぽく描いているのとは違い、カラヴァッジョは祈りの果てに神と繋がったエクスタシーの瞬間を捉えています。半開きの目と青ざめた唇からは、生と死の境をダイレクトに感じさせてくれます。

膨らんだお腹は、病気か、はたまた飲まず食わずの祈りの果ての栄養失調かとも言われているそうです。

 

2014年に見つかったこの作品は、手の巧みな陰影、柔らかな描写がカラヴァッジョの特徴と一致するとして、真筆と分かったそう。

 

★★★★★★

 

逃亡したカラヴァッジョは、教会の恩赦を得ようとマルタ島で騎士になるが、そこでも暴力沙汰を起こし、結局はローマに帰ることなく野垂れ死んでしまいます。

 

マグダラのマリアは、4年間の逃亡生活中最後まで大事に持っていた作品だそうです。

ここに表されている改悛は、カラヴァッジョの殺人の罪に対する気持ちの表れなのか、はたまた恩赦を得るために教皇へ献上する為の絵だったのか、その真相は、カラヴァッジョが倒れた海辺の波と一緒にどこかににさらわれ消えてしまったというわけです。

 

カラヴァッジョの描く闇は祈りの空間と深い関係があるのかも知れないと言われています。

キリスト教徒が祈る場所、教会って暗いイメージがありますよね。

カラヴァッジョは、闇に沈む教会、生と死を繋ぐ曖昧な空間である教会を常に意識して描いていたのかもしれません。

 

そして、まさに自分が絵画に心惹かれるのはここなんだなと思いました。生と死の境界があいまいな絵画という存在、美術館という空間が、なんとも言えない不思議な気持ちにさせてくれるのです。

 

おわり

 

 

若冲展@東京都美術館

先週の土曜日は、なにかと話題となった若冲展へ。

 

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何が話題だったかというと、そう、激混みでした。それも、ただの激混みではなく、

激激激混み。

前々からネットで混みかたが尋常じゃないことは知っていたのですが、実際に目の当たりにするとそれはもう恐ろしいものでした。

 

美術展の開館時間は8:30から。もうどれだけ早く行っても並ぶことは覚悟のうえだったので、9時に到着するように行きました。

 

すると、すでに行列が。上野公園内を、年配の方を中心に構成された大行列がぐるぐると取り巻き、自分が並んでいるところからは美術館の姿すら見えない状況。

 

なんと、4時間も待ちました。去年のモネ展のときの30分でも相当疲れたのに、、、

 

何はともあれ無事入館、さ、やっと若冲の絵とご対面。

 

★★★★★★

 

『鳳凰之図』<18世紀>

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若冲の絵で、気にいったのを挙げてると、ほんとにきりがないというほど、

その作品は素晴らしいものでした。

この鳳凰図は、ほんとにかっこよかった。鳳凰の躍動感、煌めく白、画面全体がきめ細かく描かれていて、まさに技といった感じ。

若冲と言えば鶏ですが、鶏を描くために庭に沢山の鶏を放し飼いにしていたという逸話からも、若冲の細かさ、探求心が窺えます。

 

『虎図』<18世紀>

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あと虎とかも。白黒だけど、よく見ると綺麗に毛並みが描かれていて、

柔らかそうでいて、触ると意外と堅そうな、しっかりとした毛並みが見て取れました。

この虎、服とかにプリントしてもかわいいですね。

 

★★★★★★

 

鶴の絵とかもよかったです。鶴の凛とした雰囲気がよく出ていました。

もちろん動植綵絵は圧巻のひとこと。ずらりと並んだ絵画のある部屋の中に立っているだけで幸せでした。

 

欲を言えば、人混みの規制だけはスタッフのかたにもっと頑張って欲しかったです。

正直、何も対策を考えずに会期を終了まで持ち込んだのがバレバレでした。

4時間待って、中に入ってもまともに見れた絵は一体何枚あったかってぐらい。会場中が、群鶏図の鶏より人が群がっているカオスな状態でした。

 

『群鶏図』<1765年以前>

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それでも、素晴らしいと感動させてくれた若冲の絵に感謝。

 

おわり

 

黒田清輝展@東京国立博物館

ルノワール展を鑑賞した後、その足で黒田清輝展へ。

 

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正直、教科書で見たことあるレベルの知識での訪問。

 

会期終了間近だったのもあり、折角なので行ってみた。

 

日本人ではあるけれど、先日見た歌川国芳、歌川国貞のようなザ・日本画と言える浮世絵のような画風ではなく、法律を学びに行ったパリで培った西洋絵画スタイルが特徴。

 

師匠は、印象派の影響をうけたラファエル・コランという画家らしい。

 

ラファエル・コラン『庭の隅』<1895年>

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外光派と呼ばれる一派に属するそうで、確かに柔らかなあたたかみのある空気感と

陽の光が印象的。

 

★★★★★★

 

そして今回気になった作品の一つ目は

 

『婦人像(厨房)』<1892年>

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展覧会の入り口を入ると、いきなりこの絵とご対面。

絵のサイズは大きめで、圧迫感はあるけれど、

動きや表情を決して誇張させないようなこの描き方は、日本人の持つ繊細さの

ようなものを感じさせてくれた。

 

『舞妓』<1893年>

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あとは、舞妓の絵。

日本を象徴するような対象が西洋風に描かれるこのアンバランスさが、

見ていて飽きないなとか思ったり。

 

それと、いくつかあった西洋画の展示も目を引いた。オルセー美術館から、ミレーの『羊飼いの少女』なんかも特別出展されていたが、自分が最も気にいったのはこれ。

 

アレクサンドル・カバネル『フランチェスカ・ダ・リミニとパオロ・マラテスタの死』<1870年>

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このパオロとフランチェスカの絵は、同じテーマで何人かの画家が描いていて、アングルが描いたのを本で見たのが最初だった。

 

フランチェスカは、家庭の事情で結婚することになるが、相手はなんとも不細工な男、ジョヴァンニ。

そしていつしかフランチェスカは、ジョヴァンニの弟でイケメンのパオロと恋に落ちるが、それが兄にばれてしまい、2人とも殺されてしまうというストーリー。

左からフランチェスカ、パオロ、右奥で剣を持ち、物陰から2人をのぞき込んでいるのが兄のジョヴァンニ。

 

カバネルと言えばオルセー美術館の『ヴィーナス誕生』が有名だけど、やっぱり魅力的な絵を描くなと思った。

なんか優美でいてなおかつ人物のもつ生々しさを感じるというか。

 

★★★★★★

 

展覧会はもう終わってしまったが、とにかく行ってよかった。

黒田清輝は画家を志すのは遅かったものの、そのポテンシャルから驚くべきスピードで

上手くなっていったのがよくわかる、大変興味深いものになっていたと思う。

 

自分もまだまだこれから。

 

終わり。

 

ルノワール展@国立新美術館

昨日、六本木は新国立美術館で現在開催中のルノワール展に行って参りました。

土曜日でしたが、朝早く訪問したことがよかったのか、結構空いている状態で入館することが出来ました。

 

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ルノワールと言えば、印象派のなかではモネなどと並ぶビッグネーム。

しかも今回は、なんとあの『ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会にて』が来日していると聞いたものだから、これは見に行かずにはいられませんよんね!

この一枚に入館料の全額を支払ってもいいと思えるくらい、まさか日本で見られるとは思ってもみなかった名画です。

 

全体的な感想としては、ルノワールの絵全体に漂う温かさが印象的でした。

それは、キラキラと輝く光というより、春の草原のような、ポカポカと温かく、

時たま心地よい風が頬を撫で、おいしい空気をいっぱいに吸い込むような、そんな温かさです。

 

ルノワールは、「幸福の画家」と呼ばれるようですが、一言で表すとすればそうなるだろうな、と納得でした。

 

そんなポカポカ感が漂うルノワールの絵画を一部、ご紹介いたします。

 

★★★★★★

 

入館してすぐ、見覚えのある絵画とご対面!

 

『陽光のなかの裸婦』<1876年頃>

 

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印象派が得意とする、移ろう生きた光の表現が素晴らしい、ルノワールの代表的な裸婦像。当時、この絵を見た批評家が、腐肉のようだと批判したらしいですが、

女性の周囲を取り巻く緑の反射がなんとも涼しげで、心地よい。下を流れているであろう水の冷たさまで感じますね。

 

『ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会』<1876年>

 

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ミーハーな僕は、今回この絵を本当に楽しみにしていました。手に取る絵画関係の書物で、幾度も目にし、その度わくわくさせてくれた、生活の喜びが一枚に凝縮されたようなこの絵。まさかこの絵が日本で見られるなんて・・・!!

毎回展覧会の目玉絵画にはついてまわることなのですが、やはり絵の前は大混雑。

「所詮みんなミーハーか」

そんな光景に多少白けてしまいつつも、自分もその雑踏の中へ飛び込んでいく。

混雑のため、絵が完全に見えるようになるまでには多少の時間を要する。最前列で鑑賞している人が絵の前を離れていく度、自分が徐々に前に前に進めるようになる。

それまでは、前にいる人の頭越しに絵をのぞき込むような形になるので、全体像を把握することは出来ないのだ。

ちょっとの間我慢すればいいことなのに、早く早くと、気付かない間に背伸びしてしまう。

ふと、こんな光景をルノワール本人が見たら、にやりと笑うだろうなぁとか考えながら。

 

やっとの思いで絵の前に辿り着くことが出来たのだが、期待しすぎたのか、思ったほどの感動がやってこなかった。

残念とか、がっかりとも少し違うが、とにかく、好きな絵と対面したときの、心を打ちぬかれ、絵の前から動く気力を奪われるあの感覚が無かった。

 

それでも、絵画の中に描かれた人たちは楽しげで、美しい絵であることに変わりはなかったのですが。

 

ベルト・モリゾ『舞踏会の装いをした若い女性』<1841-1895>

 

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不意をついて現れたのが、大好きなモリゾの作品。滑らかで、触れると消えてしまいそうな女性の白い肌と、衣服に現れる鋭利な白。

使い分けられた色が生き物のように躍動していて、本当に素敵です。目が飽きません。

 

『ジュリー・マネ』<1887年>

 

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こちらは、先述したモリゾの娘を、ルノワールが描いたものです。

近くで見ていた女の子たちが、「かわいいー!」と漏らしていましたが、ほんとにその通りで、非常に癒されます。

ジュリーが抱く猫もめちゃくちゃ愛らしい。

全体的に暖色系で統一されていて、ルノワールが描く絵に特徴的な、ぽかぽか感で溢れています。

 

『ピアノを弾く少女たち』<1892年>

 

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今回一番のお気に入りはこの絵。ピアノを弾く少女たちが、とても愛らしく描かれています。

ルノワールは、そこに漂う幸福感を、陽光や、温かな空気を描くことによって鑑賞者に一目で

「あ、この人は幸福なひと時を描いているんだ」

と気付かせているような気がしました。

丁度、ある物語の、人が死ぬ場面で雨が降ってきたり、ハッピーエンドの直前に曇っていた空から日が差すように、ルノワールは人の感情やそこに漂う幸福を天気や空気を使って暗示しているのではないでしょうか。

また素晴らしいのが、ピアノを弾くという一見すると何気ない行為の中に幸福を見つけ、それを描いていること。万人が、「幸福だ」と感じるモチーフに頼らず、ブランコや猫など何気ないモチーフを使って、一目で幸福感を鑑賞者に伝えるルノワールの技量に感服です。

 

★★★★★★

 

他に、印象的だったのが、前半の肖像画群がわりと暗い色使いで描かれたものばかりだったということです。

先述のジュリーの絵とは対照的な暗さ。それだけに、人物の顔が効果的に浮かびあがり、肖像画としてバシッと決まっていたような気はしましたが。

こんな絵も描いててたんだと驚きました。

 

次の土曜日は、若冲とカラバッジョを見に行く予定。

はい、ミーハーです。。。

 

では

 

フェルメールとレンブラント 17世紀オランダ黄金時代の巨匠たち展@森アーツセンターギャラリー

今回は、東京の六本木で開催されていた、
フェルメールレンブラント 17世紀オランダ黄金時代の巨匠たち展」
に行った感想を書きます。
 

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実は、前回の大原美術館展と同じ日に行ってましたが、
ちょっと書くのがめんどくさくなってサボっていました。笑
 
この美術展は、黄金期と言われている17世紀のオランダで描かれた
作品たちを、ニューヨーク・メトロポリタン美術館やロンドン・ナショナル・ギャラリー、アムステルダム国立美術館から集め、展示したというものでした。
 
★★★★★★
 
中でも、今回の目玉作品は展覧会のタイトルにもなっている、
フェルメールレンブラントの作品ですよね。お互いに出展されていた絵は
一枚ずつでしたが、流石、存在感は確かなものでした。
 
レンブラント・ファン・レイン『ベローナ』<1633年、メトロポリタン美術館

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薄暗い背景に見事な甲冑を着てこちらを見つめる女性。
優しさの中に強さを秘めているようなこの眼差しが印象的です。
 
なぜこの絵がベローナというタイトルか忘れましたが、彼女が持っている盾を
見て下さい。恐ろしい顔が張り付いていますね。
この盾の装飾から分かるように、彼女はギリシャ神話のアテナです。
かつてペルセウスはゴーゴン三姉妹のひとりメデューサを倒した時、
アテナから借りた盾にその生首をくっつけて返すんですね。
 
レンブラントは、系統で言うとカラヴァッジョの様式に大きく影響を受けたカラヴァッジェスキに入るらしいです。
カラヴァッジョの絵と比べるとだいぶ優しい作風な気がしますね。
カラヴァッジョのような強烈な印象は受けません。
 
お次はこちら
 
ヨハネス・フェルメール『水差しを持つ女』<1662年頃、メトロポリタン美術館

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流石はフェルメール。『天文学者』がきたときもそうだったけど、
人だかりがここだけ半端じゃなかった。
 
僕も、フェルメールはさほど好きじゃないけど(ごめんなさい)
折角だしって長めに見ちゃいました。
 
絵の前の人混みが、フェルメールの作品のもつ圧倒的な
静けさをより引き立てていて、それはそれでいいもんだと思いました。
 
全体的に得た感想は、フェルメールの光も、レンブラントの闇も、強烈なのではなくて、柔らかだということ。
だからこそ、お互いの作品がひとつの展覧会で違和感なく
混ざりあうことが出来たのではないかと思いました。
 
あと個人的に気にいったやつ
 
ピーテル・デ・ホーホ『女性と召使いのいる中庭』<1660-61年、ロンドン・ナショナル・ギャラリー>

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中央に座る女性は魚を皿かなんかに乗せ、背を向けた女性に

何やら支持されているようです。

 

鑑賞者の視点は最後、開け放たれたドアの先のこちらに歩いてくる

シルクハットの男に向けられます。彼が誰なのかは分かりません。笑

 

★★★★★★

 

この展覧会でもうひとつ思ったのは、自分は風景画があまり好きじゃないということ。

なぜ風景画を好まないのか、パッと浮かぶのは、

絵から血の流れとか温度を感じないからという理由でした。

僕は血の流れているはずのないキャンバスから、生きた人間を感じるという矛盾にゾクゾクするので、人間ほど命を感じない風景画や静物画を好まないのだと思いました。

今回はかなり内容がとっちらかってしまいました。
終わりです。。。

はじまり、美の饗宴展‐すばらしき大原美術館コレクション@国立新美術館

今回は、東京は六本木にあります、国立新美術館

にて開催中の「はじまり、美の饗宴展‐すばらしき大原美術館コレクション」

に行ってきました。

 

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大原美術館

1930年、岡山県倉敷市に建てられた

大原美術館は、日本に西洋の美術を伝える本格的な

美術館のはしりでもあります。

 

この美術館の発案者は大実業家の大原孫三郎。

その思想に共鳴した同時代の画家、児島虎次郎は、

ヨーロッパで展示品の収集に奔走しました。

 

大原美術館の最大の特徴は、その展示品の幅の広さ。

西洋近代美術だけにとどまらず、

エジプトやオリエント、中国で発掘されたふるーい美術品や、

日本近代の洋画や、現代美術までも収蔵しています。

流行りに流されず、独自の審美眼で作品を選んできた、

という感じです。

 

★★★★★★

 

今回、この美術展に行こうと思ったきっかけは、

この作品が展示されていると知ったからでした。

 

アメデオ・モディリアー二『ジャンヌ・エビュテルヌの肖像』<1918年>

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悲劇的な人生を送ったことで知られるイケメン画家、モディリアー二の作品です。
 
作品のモデルは、モディリアーニ最後の恋人、ジャンヌ・エビュテルヌ。
彼女はその美貌から、モディリアーニの創作意欲を存分に刺激しました。
モディリアー二は晩年、ジャンヌ・エビュテルヌの肖像を多数描いています。
 

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(ジャンヌ本人と言われる写真。美人ですね。。。)

 

共に絵描きであった2人は深く愛し合っていました。
しかし、悲劇が訪れます。モディリアーニは、もともと病弱であったうえに、
酒と薬に溺れる生活を送っていました。
そして、35歳という若さで亡くなってしまうのです。
 
ジャンヌは、モディリアーニのいない世界で生きていくことなど
考えられなかったのでした。
モディリアー二が亡くなった2日後、ジャンヌはその後を追うように
飛び降り自殺をしてしまいます。お腹には、妊娠中の赤ん坊がいたそうです。
 
この絵に描かれているジャンヌは、画家と恋人だけの幸せな空間を想起させます。
イタリア旅行中、モディリアー二がボッティチェリから着想を得た首のカーブが、
体全体に古典的なS字の曲線を描かせています。
くねらせた体と、際立って紅潮する頬が、愛する人を前に気持ちの
高ぶりを抑えきれないジャンヌの様子を見事に描き出しているようです。

 

きっとジャンヌは、モデルを務めながら、
今すぐにでも間近で仕事をするモディリアーニ
触れたかったのではないでしょうか。そんな絶妙な距離感が伝わってきます。
 
目に瞳が無いのは、モディリアーニの絵の特徴のひとつであります。
近くで見ると、魚のウロコのように銀色に光っていました。
モディリアー二はあえて瞳を描かないことで、
人の物質的な肉体をそのまま描くのではなく、そこにモデルの魂を描こうと
している。と、僕は考えました笑
 
★★★★★★
 
他にも、エル・グレコやルノワール、ドガなどの
日本でも人気の洋画家の作品や、
先述した児島虎次郎が描いた和と洋が見事に融合した絵画
 
児島虎次郎『和服を着たベルギーの少女』<1911年>

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などがあり、とにかく破壊力抜群の展覧会です。

 

僕の好みのせいで紹介がかなり偏ってしまいましたが、

ほんとーーにあらゆる地域、時代のものが展示してあるので、

誰が行っても楽しめるはずです。

 

開館は、4/4(月)まで。

 

では。

 

 

ボストン美術館所蔵 俺たちの国芳 わたしの国貞@Bunkamura ザ・ミュージアム

今回は、東京の渋谷にある

Bunkamura ザ・ミュージアムで開催中の

ボストン美術館所蔵 俺たちの国芳 わたしの国貞展」へ

行ってまいりました。

 

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ボストン美術館とは

その名の通りアメリカ合衆国のボストン市にあるボストン美術館は、

日本美術のコレクションが充実していることで知られているようです。

 

展示内容

さて、そんなボストン美術館のコレクションの中から

今回海を越えてやってきたのは、歌川国芳と歌川国貞という

2人の人物が描いた浮世絵たち。

 

江戸時代、浮世絵はメディアとして重要な役割を担っていたそう。

今みたいに写真や映像が発達していないですもんね。。。

 

見どころ

見どころは、兄弟弟子の関係にありながらまるで対照的な

国芳、国貞2人の作風。

 

国芳は明らかに画面に栄えそうな場面を選び、派手に描いています。

現代のバトル漫画の見せ場のヒトコマのようなイメージがありました。

対する国貞は、構図にこそ派手さは見られないものの、

緻密に、丁寧に仕上がった作品が多かったように思えました。

 

あとは、国芳が描くかわいいネコちゃんたちですね。笑

展覧会に行ったら、“踊る妖怪猫又”を是非探してみて下さい。

 

西洋絵画でさえ勉強不足すぎるのに、

今回は更に知識の乏しい浮世絵ですが、

いつものように気になった作品を紹介したいと思います。

 

★★★★★★

 

歌川国芳<1884年頃>『相馬の古内裏に将門の姫君瀧夜叉妖術を以て味方を集むる大宅太郎光国妖怪を試さんと爰に来り竟に是を亡ぼす』

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。。。

 

タイトルながっっっ!!!

 

国芳の作品ですね。確かに派手ですよね。

簡単に言ってしまうと、平将門の娘であり、妖術使いの瀧夜叉姫(図左)

を、大宅太郎光国(おおやたろうみつくに)が討伐しに来たというシーン。

 

後ろから襲い掛かる巨大な髑髏の絵は、瀧夜叉姫が妖術で呼び出したもの。

これはなんとなく見たことある気がしますよね。

餓者髑髏(がしゃどくろ)ですね。日本の妖怪です。

 

しかし、厳密に言うと、この国芳が描いた髑髏はがしゃどくろ

ではありません。

実は、この時点でがしゃどくろという妖怪は存在しないみたいです。

つまり、国芳が描いたこの巨大髑髏がのちのがしゃどくろのイメージに

使われた。というわけですね。

 

なんでも原作では、襲ってくる髑髏は

こんな巨大ではなく、多くの等身大の髑髏だそう。

それをひとつにまとめ、より恐怖を与える場面に仕上げた国芳の発想力に

感心してしまいますね。

 

★★★★★★

 

本来ならここで国貞の作品もあげて、

2人の作品を見比べたいところですが、

今回はここまでにしときます。。。

個人的には、国芳が描く妖怪や、豪傑たちがかなり

ツボでした。

 

もっともっと勉強せねば。

時間があれば追記したいと思います。。。